英国アンティーク、ポケットバロメーター。
英国の測定機器をいろいろとみていると、多くのバロメーター(気圧計)があることがわかります。
小さなものから大きなものまで様々で、大きなものは長い長い温度計がついており、立派な彫刻を施したマホガニーやオークで覆われていて、お屋敷のインテリアとしてたいそう立派に仕上げられたものを見ることができます。
丸い壁掛けタイプも多く、木彫刻のケースや石のケースなどにはめ込まれ、「Rain/雨」「Change/変わりやすい」「Fair/晴れ」の表示とともに「晴雨計」として一般家庭で愛されてきました。
英国と言えば「1日に四季がある」ともいわれるほどに変わりやすい天気で有名。例えば朝は凍えるほど寒く霧に覆われ、いつのまにか晴れて暑くなり、あっというまに雲で覆われて雨やひょうが降る・・・。在英時にそんな日にあたったことも少なくありません。
日本ではすでに半袖で過ごせる6月に訪れても、ダウンジャケットを持ってくるべきだったと後悔することも多く、でも天気の良い昼間は半袖にならなければ大汗をかく、という事態も起きるのが英国の天気。そんな英国で過ごす人々がお天気を気にかけて過ごすことになるのは、自明の理と言えるでしょう。
前段が長くなりました。
今回ご紹介するのは、そんな英国で便利に使われていたであろう「ポケットバロメーター=携帯式気圧計」です。
大きさは直径約5cmほど。丸い文字盤にボウ(丸環)がついた様子は一瞬は懐中時計のようにみえるかもしれません。でもよくよく見れば針は1本で、周囲には2重に単位が刻まれ、下部にはU字型にガラスの温度計があるのがわかります。
文字盤には以下の文字が見られます。
Compensated
Short & Mason Ltd
London
「Compensated」「補正済みの」の意味と思われます。
そして「Short & Mason Ltd London」はメーカー名。
少しですが同社の歴史をご説明しておきます。1875年「Thomas Short/トーマス・ショート」と「James Mason/ジェームズ・メイソン」によって設立された「Short & Mason/ショート&メイソン」。気圧計、コンパス、高度計、指示計、ゲージなどの航空計器(セストレルブランド)を製造・販売していました。特に気圧計の設計においては先端を行っていたようです。
1876年までに、ロンドンのハットン ガーデン40番地で営業を開始。1907年頃に「Taylor Instrument Companies/テイラー・インストゥルメント・カンパニーズ」と提携。ブランドネームは「TYCOS」となります。1969年に「Taylor Instrument Companies (Europe) Ltd.」と合併し、このあたりからはブランド名も表には出なくなってしまったようです。
参考:SCIENCE MUSEUM GROUP
Short and Mason Limited 1875 - 1969 の頁
https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/people/cp6649/short-and-mason-limited
今回ご紹介するポケットバロメーターは、1890年代頃のお品物と思われます。
もう一度よく表示を見てみましょう。
気温は0度から40度までの目盛りですので、摂氏表示です。英国は昔から華氏表示でしたので、このポケットバロメーターは大陸への輸出用であったことが推測されます。また、気圧は現在「ヘクトパスカル/hps」で表示するのが一般的ですが、古い時代には「トル/Torr」が使用されていました。
実際に計測してみました。
現代日本のタニタの温度計によれば、気温は20.8度。ポケットバロメーターの温度計は22度ちょっとを指していますので、1~2度の誤差が見られます。またこのときの東京の気圧は1005ヘクトパスカル。これは753.812トルとなり、気圧の目盛りは75.9あたりを指しています。おそらく1単位が10トルなのでしょうから、約759トル。5トル強の誤差が見られます。
わずかの狂いはございますが、130年以上が経っていることを考えれば、なかなか優秀なのではないでしょうか。
最後に外側部分の目盛りについて。外側の目盛りは回転式になっており、数値は0から2500まで。単位はMです。
使い方としては、出発地点で0に合わせ、登山などの際にどのくらいの高さにいるのかを計測するための高度計となっています。高度が変われば気圧も変わりますので、気圧計と連動するのもうなずけます。
高度計は主として登山などの際に使用される計測器です。
さて、調査などの目的以外で、人が登山をするようになったのは1850年代以降と言われています。英国の有名な登山家として「George Herbert Leigh-Mallory/ジョージ・マロリー(1886-1924)」がいます。1920年代に英国が国威発揚をかけた3度のエベレスト遠征隊に参加。1924年6月の第3次遠征において、マロリーはパートナーのアンドリュー・アーヴィンと共に頂上を目指しましたが、北壁の上部、頂上付近で行方不明となり、75年後の1999年に遺体として発見されました。
彼の有名な言葉として「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」と問われ「そこにエベレストがあるから/Because it's there.」があります。日本語では「そこに山があるから」と意訳されて有名になりました。
・・・ジョージ・マロリーよりは少し古い時代。頂を目指した登山家たちは、このようなポケットバロメーターを懐にしのばせていたのではないでしょうか。
時代的に、山はエベレストではなく、ヨーロッパアルプスでしょう。余裕のある暮らしをしている上流や中流階級の人々が、なぜか危険を顧みず山へと向かう・・・。準備を整え、気圧を測り、高度を把握しつつ歩を進める様子が目に浮かびます。それは、そこに山があるから。
多大なリスクと引き換えにするには、あまりにも不条理な答えであると思うのですが、それでも登山家は山に向かってきました。今までも、これからも。
130年を経た計測機器のあまりにも理にかなった存在と相反するような不条理と、だからこそ人はこんな機器を生み出すのではないか、とも思います。
様々な想いがとまらなくなる、圧倒的な存在感をもつ計測機器を、ぜひ貴方も手にしてみてください。
◆England
◆推定製造年代:c.1890年代頃
◆素材:真鍮、ガラス、金属、他
◆サイズ:直径約5cm 厚み約1.6cm
◆重量:98g
◆在庫数:1点のみ
【NOTE】
*古いお品物ですので、一部に小傷や汚れ、変色などがみられます。詳細は画像にてご確認ください。
*説明文の通り、計測はある程度可能ですが精緻なものではございません。
*画像の備品は付属しません。
*上記ご了承の上、お求めください。
アイテムのご購入はショップにてどうぞ。
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Todd Lowrey Antiques
by d+A