ドイツアンティーク、振り子の伝統が組み込まれたレタースケール。
その佇まいにデザインの質の高さを感じる、とても洗練された約1世紀前のレタースケールをご紹介します。
シンプルな形状の金属製のボディは、ペールグリーンのスプレーペイントで覆われ、近づいて見ると落水紙のように緻密で独特な表情をしています。縦型にくり抜かれた窓の先は、シンプルなシルバーホワイトのベースに黒の目盛り。真鍮のトレイを押し下げると、金属の赤いニードル/針が連動し重さを示します。
目盛りは、外側に Gr./グラム、内側は Oz./オンス の表示となっています。そこはドイツ製ならではで、英米への輸出を考慮してオンスが併記されたと思われます。最大500グラムまで計量可能で、オンスであれば最大18オンスとなります。
真鍮のトレイは、上部から突き出た真鍮の支柱に差し込まれているだけなので、簡単に取り外すことが出来ます。そのトレイをしっかり差し込んだ状態で、ニードルが「0」を指していない時は、その支柱の横にあるローレットナットでニードルの微調整が可能です。
コツとしては、トレイを軽く指で弾いてニードルを上下させ、その後にニードルが0を指すようローレットナットを回します。さらにトレイを弾いてニードルを動かし、再び「0」を指して安定するまで同じ行為を繰り返した上で使用することをお薦めします。
目盛の横には"Arca"の表示。さらにボディ正面にも「Arca 500」と刻まれており、Arca はモデル名、数字は秤の最大計量値を表します。
今回の 500g/18oz まで測れる「Arca 500」以外に、最大計量125g/4.5ozまでの「Arca 125」、同1000g/32ozまでの「Arca 1000」などがあります。
また、上部に切り替えレバーが追加されたモデルもあって、最大計量2000gまでと同125gまでの切り替えが可能な「Arca 2000」、最大計量10kgまでと同125gまでの切り替えが可能な「Arca 10Kg」など、ラインアップは多種多様でした。
ボディ裏面を見ると、型押し加工によって浮き上がった日本の郵便記号を連想させるデザインが目を惹きます。この印象的な型押しデザインは、ドイツの PH.J.Maul社が販売する同種のハウジングタイプのレタースケールにも採用されており、メーカー名を強調することなく、自社のアイデンティティを広く認識させる意図が感じられ、ボディ側面にあえてさりげなく同社の「 JM 」のロゴが刻まれていることからも、その狙いがうかがえます。
つまりこのスケールはドイツの「PH.J.Maul社」のお品物です。
少々長くなりますが、同社についてのご説明をさせていただきます。
ドイツ人の「Philipp Jakob Maul/フィリップ・ヤコブ・モール」が、ハンブルクで1874年に設立した、スケールとバロメータの会社が「PH.J.Maul社」です。
(ドイツ語の「J」は、英語の「Y」のように発音するので、Jakob は、ヤコブと表現します。)
PH.J.Maul が製造するスケールは、ドイツの聖職者であり技術者の「Philipp Matthaus Hahn/フィリップ・マテウス・ハーン」が、18世紀に開発した「Neigungswaage/傾斜バランス」が基礎となっています。
フィリップ・ヤコブ・モールは、その原理を応用したレタースケールを工業規模として最初に制作し、世界中に輸出した第一人者であったため、「レタースケールの父」と言われるようになったそうです。
PH.J.Maul は、1909年にレタースケールを含む多数の特許を申請。その一つである、平らではない場所や傾斜した地面でもエラーなく正確な重さが軽量できる、「自己バランス振り子」のメカニズムは、当時のレタースケールのスタンダードとなり、様々なサイズとデザインのスケールに応用され、振り子の機構がハウジングに組み込まれたタイプなど、多くのモデルが製造されました。
1922年に、創業者のフィリップ・ヤコブ・モールが他界。事業は始めは長男、次に、次男の「Otto Maul/オットー・モール」が引き継ぎました。オットー・モールの死後(1987年)、115年続いた会社は1989年に幕を閉じることとなりますが、会社の伝統はドイツ中部のヘッセン州に拠点を置く「Jakob Maul GmbH/ヤコブ・モール」社によって今日も続けられています。
Jakob Maul GmbH の創業者である「Jakob Maul/ヤコブ・モール」は、フィリップ・ヤコブ・モールの甥で、もともとは叔父の PH.J.Maul の工場で学び、いつか叔父の会社を引き継ぐことを期待していましたが、叔父が子供を授かったことから、結果的に会社を去ることとなります。
ヤコブ・モールは1912年に「Jakob Maul GmbH/ヤコブ・モール」社を設立、1931年、同社でもオフィス事務用品に加えてレタースケールの製造を始め、ヤコブ・モールの死後、1970年になって PH.J.Maulの生産が引き継がれています。
PH.J.Maul社が設立された19世紀後半、産業革命期での商業主義や大量生産が生み出す粗悪品に対するアンチテーゼとして、「Arts and Crafts Movement/アーツ・アンド・クラフツ運動」が起こり、それは、新しい芸術を意味する「Art Nouveau/アール・ヌーヴォー」にも大きな影響を与えました。
アール・ヌーヴォーは、従来の様式にとらわれない非常に斬新で有機的な芸術様式で、1890年頃からヨーロッパを中心に流行しましたが、装飾過剰で職人の手技に頼ったアール・ヌーヴォー様式は量産に向かず、第一次大戦後には衰退してしまいます。
代わりに支持されたのは「Bauhaus/バウハウス」であり「Art Deco/アール・デコ」です。
バウハウスは、1919年にドイツのワイマールで創設された国立の造形学校です。そのスタイルは「芸術と技術の新たな統一」を理念とし、19世紀までの装飾性に富んだ古典的な様式主義とは対照的に、華美な装飾を廃し、調和のとれた幾何学的形状や機能的であることを重視したデザインであったため、機械的な大量生産に適していました。
そして、1925年に開催されたパリ万博を契機に流行した 「Art Deco/アール・デコ」も同様に、量産に向く直線的でシンプルなデザインを特徴とし、「生活の中に芸術を」という理想を掲げ、多くの装飾芸術で都市生活を彩りました。
アール・デコは、豊かになった先進国の大衆が大量生産による商品を求め始めた時代の象徴であり、特権階級が享受していた過剰な贅沢を否定するひとつの前向きな革命として、第二次世界大戦まで流行しました。
PH.J.Maul が辿ってきた歴史と時代背景を考えると、今回のレタースケールは、まさしくバウハウスやアール・デコに影響されたモデルであり、素材の構成やデザインからも明白といえるでしょう。
レタースケールの父が生み出した振り子の伝統が組み込まれた機能美を極めた貴重な一品。
ノスタルジックでありながら、とても斬新で新しさを損なわないデザインは、そこにあるだけで、豊かな生活を演出してくれるでしょう。
◆Germany
◆推定製造年:c.1920-1940年頃
◆素材:金属、真鍮
◆サイズ:幅約13.7cm 奥行約5/5.6(トレイ)㎝ 高さ約14cm
◆重量:318g
◆在庫数:1点のみ
【NOTE】
*古いお品物ですので、一部に傷や汚れ、汚れや錆などがみられます。
*画像で144gのものを量っていますが、150gを超えたあたりで針がとまりました。
*大体の重さは合っていますが、精緻な計測にはおすすめできません。
*詳細は画像にてご確認ください。
*画像の備品は付属しません。
*上記ご了承の上、お求めください。
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Todd Lowrey Antiques
by d+A