英国アンティーク、携帯型日時計。
「日時計」と聞いてどのような物を思い浮かべますか?
公園などに置かれたオブジェや巨大モニュメントでしょうか、それともヨーロッパの観光都市の中央広場に立てられたオベリスク(記念碑)を想像されますでしょうか。
そこまではイメージできても、日時計なるものが人類の歴史の中で最も古くに発見され、長いあいだ使われてきた時計の原点であることまで連想されることは少なく、ましてや、その原理や使い方、存在意義にいたっては、今を生きる私たちには遥か遠い知識といえるでしょう。
そこで今回は、英国のアンティークマーケットでようやく手に入れた、とても珍しい「携帯型日時計/Pocket Sundial」をご紹介します。
人類は、何千年もの間、太陽の位置から時間や日や季節を判断し、利用してきました。太陽の日周運動や地球表面への季節加熱などの周期的なパターンを、人類は理解し、追究することで、予測する知識や技術を習得し、立てた棒や石などの影が、太陽の時間と季節を示すことを、今からおよそ5千から7千年前に発見したと言われています。
中世に機械式時計が発明されましたが、当初は誤差が大きかったため、正午になると、機械式時計の時刻を補正するために日時計が使われたほど、太陽時間の重要性はしばらく維持されました。
やがて、鉄道の高速走行と長距離移動の増加に伴い、都市ごとの太陽時間による不都合が各地で顕在化し始め、より広い地域にわたる時間の統一、標準化が急務となりました。
そして、機械式時計は進化し、精度と信頼性が上がり、安価になって普及するにつれて、日時計の使用頻度は減少し、太陽時間はより正確な時計時間に置き換わっていくこととなります。
( この先、日時計にまつわる前段の説明が続きますが、少しでも早く読み進めたい方は、中段の「さあ、本題です。」まで読み飛ばしてください。)
日時計にはいくつかタイプがあって、8種類とも11種類ともいわれていますが、今回のモデルは最も一般的な「水平式日時計」が基本原理です。
公園や庭園などで見かける日時計も水平式が多く、西欧では庭園の台座などでよく見られるため、「庭の日時計」とも呼ばれています。
それらは通常、ダイヤルフェイス/Dial Face、あるいはダイヤルプレート/Dial Plate と呼ばれる円形の文字盤に、指時針/Gnomon(ノーモン)が固定されており、文字盤は、影が暗い色であるため、明るい色が望ましく、素材は石や金属などさまざまです。
文字盤には時間線/目盛とローマ数字が刻まれていることが多く、時間線は三角関数を用いて計算されているので、時計の目盛のように均等にならないのが一般的です。
ノーモンによる影は、針のように細長い棒状の方がより正確に読み取ることができますが、強度や安全性などの諸事情から、鋭い先端をもつ三角形に近い形状をした板状の金属によるノーモンが増え、その場合は影の外側エッジを読み取るようにします。三角の形状に意味はなく、安定性と必然性などの観点からこの形状が多く採用されているのでしょう。
日時計による太陽時間は、設置場所の条件と太陽の位置関係によって左右されるので、地球上のどこに居るか、いかに整った条件下で正確に設置するかが重要となります。
まず、一日中直射日光があたる場所で、日時計の文字盤を平らな水平面に合わせます。日時計は、地面、スタンド、テーブルなど、完全に平らな表面にセットされた場合のみ正しく機能します。
次に、コンパスなどを使用してノーモンを北に向けるのですが、これはあなたが北半球にいる場合で、南半球にいるのであれば、ノーモンは南に向ける必要があります。どちらでもない赤道上にいる場合になると、伝統的な水平式日時計の使用は極めて困難で、この場合は、垂直/縦型式日時計あるいは赤道日時計を使用します。
さらに、あなたが北半球あるいは南半球のどの地点にいるか。要するに設置場所の緯度および経度の情報が必須となります。
・・・もうこれ以降は理解が追い付かなくなりそうですが、地球と太陽の関係を見つめ直すために、地球儀をイメージしてみましょう。
緯度は、赤道を0度と定義し、上が北半球、下が南半球、赤道から上方向に北緯何度と数えていくので北極は北緯90度、赤道から下方向となる南極は南緯90度となります。
赤道とは、自転する天体(地球)の重心を通り、天体の自転軸(地軸)に垂直な平面が天体表面を切断する理論上の線、と定義されているのですが、、、簡単に言うと地球を横方向で真っ二つにするラインが赤道です。
東西を表す経度は、旧グリニッジ天文台跡(ロンドン)を通る南北の線を0度とし、東西へそれぞれ180度まで表します。東経180度と西経180度は同じ場所を示します。
経度の基準となるグリニッジ天文台は、世界各国の標準時(タイムゾーン)の基準となるグリニッジ標準時の基点であり、平均太陽時の原点なのです。
さあ、本題です。
ヴィクトリア朝時代の英国で作られた、この水平式の携帯型日時計/Pocket Sundial は、経年によって深みを増した真鍮のボディによって守られてきました。
ドーム形状の蓋を開けると、さらにドーム型のガラスのカバーが出現します。ガラスドームの下で文字盤/ダイヤルプレートが方位磁針のようにゆらゆらと回転し、それはコンパスの機能も兼ねており、多少の傾きであれば、文字盤が水平を保つよう補正もされる優れものです。
さらに、ケース本体側面の突起/スライドスクリューを操作することによって、文字盤が固定される機能も備わっています。
イルカの背びれのような形状をした真鍮製の薄い板でできた指時針/ノーモンは、文字盤の12時/北を指すように固定されているので、北半球であれば自動的に北を指し示すことになります。
ノーモンの傾斜角度は英国製の場合45度が一般的なので、赤道から45度の地点であればそのまま水平に設置すれば良いですが、ノーモンの角度は設置場所の緯度と同じ角度に調整する必要があります。
例えば東京であれば北緯35~36度なので、正確を期するなら、手前の南側を持ち上げるようにしてノーモンの角度を約9~10度傾けなければなりません。
補足ですが、微調整が可能な脚や分度器が装備され、角度をアジャストできる水平式日時計もありますが、それらは後年追加された付加機能として、リプロダクションモデルに多く見受けられ、この時代のオリジナルモデルには無かった機能と思われます。
次は経度についてですが、日時計が示す太陽時間は、経度に応じて時計時間とのずれが生じるので、日時計から正確な時計時間を知るには少々面倒な計算が必要となります。
時計時間は、その場所の「標準時」を表します。
地球の自転周期が24時間であることから、地球を南北方向にほぼ等分に24分割すると、1時間毎に区分されます。それをタイムゾーンと呼ぶのですが、厳密にはその区分(24等分)に従っておらず、頻繁に通信する地域が同じ時間を保つ利便性など、法的、商業的、社会的目的のために統一された標準時を守る領域をタイムゾーンと定義していることから、それぞれの国や地域の事情によって、その範囲や区分けはまちまちとなり、さらに30分または45分オフセットされているゾーンもあります。
それぞれの標準時は、旧グリニッジ天文台跡を通る子午線/南北線のグリニッジ標準時(GMT)から、その前方/東経あるいは後方/西経かで定められており、GMTとそれぞれの標準時の時間差から経度を割り出します。
地球を24分割(360度÷24)するので、1時間ごとに、タイムゾーンはGMTから15度ずつシフトします。
例えば、日本標準時は、GMT+9時間なので、経度は、東経135度となります。ゆえに、経度から標準時を割り出すことも可能です。
そこで、太陽時間との関係となりますが、時計時間はあくまで標準時なので、日本のタイムゾーンは、東経135度の地点が標準時の基点となります。
日時計は、設置場所の太陽時間を示すので、標準時/経度との差を計算しないと、厳密には時計時間と整合しません。
例として、東京23区内は概ね東経139度なので、標準時と定めた東経135度に対し「+4度」となります。経度が15度ずれると1時間の差となるので、1度のずれは4分。
したがって、東京23区内であれば、日時計の時間に16分足すと、計算上は時計時間となります。
このように、日時計と時計時間との比較には、かくも面倒な手間が必要となりますが、条件の整理はこれだけではなく、時間補正の方程式なる表やグラフなどが存在しており、それは、地球の軌道の離心率や、公転軸に対して地球の回転軸(地軸)が約23.4度傾いていることなどが関係しています。
地球は楕円軌道を描いて太陽の周りを公転しているので、太陽に近い位置では公転速度は速く、遠い位置では公転速度が遅くなり、それらが原因で太陽時間の進み遅れが発生します。
これを均時差と言うのですが、その差は一年を通じて波グラフのように変化し、均時差ゼロからプラスマイナスそれぞれ最大約16分程度まで変化します。
今回の日時計の蓋の裏側に貼られている情報は、恐らく時間補正の目安だと思われます。
月ごとに数字が細かく表記され、左の数字が「日」で、右の数字は「分」だと思われます。
さらに、数字の間に Fast あるいは Slow と書かれているのですが、Fast であれば、その日の時計時間は、日時計よりも記載された数字分早く、Slow であればその逆となるでしょう。
しかし、このような時間補正の方程式も、地球の軌道運動と自転運動のゆっくりとした変化のために、それが何世紀も前に作られた時間方程式の表やグラフであれば、今とは著しく異なっているでしょう。
古い日時計の読み方は、それが作られた時代のものではなく、現在の時間補正の方程式にしたがって修正しなければ、より正しい時計時間へアジャストすることは困難です。
以上、長い説明となってしまいましたが、百聞は一見に如かずということで、実際に太陽の下でこの日時計を使ってみました。
あまり厳密に水平や角度などを考慮せず、北方向に向けて置いてみましたところ、概ね時計時間と変わらない時刻を指したことに驚きました。
(参考までに写真をご覧下さい。少々見えずらいですが、横に置いたスマホの時刻は 9:12、磁石は北を示しています。日時計は、IX(9) と X(10) の間、1/4の目盛に影の外側エッジが重なっていますので、9:15 となります。)
本来であれば、16分足して、時間補正の方程式なるものも考慮しなければなりませんが、設置条件がアバウトなことを差し引いても誤差の範囲なので、許容範囲ではないでしょうか。
誤差?・・・そうです、太陽の日周運動こそが時間の原点であるにもかかわらず、日時計による太陽時間は、もはや時計時間との比較でしか語られないのです。
今日のほとんどの人間、特に都市に住んでいる人々は、太陽時間を認識していません。代わりに、いかに私たちは時計によって告げられる時刻に完全に依存し、支配されているかがわかります。
時計時間を否定するわけではありませんが、日時計に接してみると、改めて太陽の恩恵とその奇跡を実感できます。
太陽が真上にあったらほぼ12時を指すことが自明であれば、その前後の時刻も太陽時間で十分ではないかと思えてきました。
いつの日か、時計時間に縛られない生活を試みてみる第一歩として、晴れの日に日時計を使ってみることをお薦めします。
是非お手元で、このヴィクトリア朝時代の日時計に触れ、太陽時間に思いを致してはいかがでしょうか。
◆England
◆推定製造年:c.1850~1880年代頃
◆素材:真鍮・ガラス
◆サイズ:直径約4.85cm 高さ約3.0cm(蓋を閉じた状態)
◆サイズ:直径約4.65cm 高さ約2.5cm(蓋をとった状態)
◆重量:70g/45g(蓋なし)
◆在庫数:1点のみ
【NOTE】
*古いお品物ですので、真鍮のボディにに微細な傷や汚れ、経年変化等がみられますが、動作には影響ありません。
*ガラスの一部に小さな欠けがみられますが、それ以外は目立った傷はなく、全体的には良い状態です。
*季節によりますが、直射日光下に放置すると、ガラスドームの内部が結露します。
結露しても機能に影響はありませんが、内部が見えずらくなりますので、日陰で冷ますか、ドライヤーなどの冷風をあてると元に戻ります。
*コンパスは電磁波などに影響を受けやすいのでご注意ください。狂ってしまった場合は、簡単な直し方がネットなどで紹介されていますのでお試しください。
*詳細は画像にてご確認ください。
*画像の備品は付属しません。
*上記ご了承の上、お求めください。
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by d+A