英国アンティーク、セルフクロージングシステムを持つブックスライド。
特別な逸品を手に入れました。
英国の大きなアンティークフェア。以前から何度か品物を買わせていただいている、Mr.Nのブース。
彼が得意とする主として木製の小箱やライティングスロープ、レターラックやブックスタンド等のなかに、このブックスライドはありました。
ちなみにブック・スライドとは、文字通りスライド式になっている携帯型ブックシェルフのこと。19世紀ヨーロッパでは、まだまだ本は貴重な品でした。富裕層がもつ蔵書は執事によってきびしく管理され、特注の蔵書票を貼りこんだりするなど、持つものならではの楽しみもありました。
一方で庶民は貸本屋などで本を借りるのが大層流行ったといいます。そんな貴重な本は、旅先や滞在先などに携帯するとき、相応の小さな収納場所を設えるのが大切なことだったようです。ブック・スライドはそのようなときのためのもの。左右の側板を折りたためば、携帯がしやすく、幅がスライドする仕掛けは任意の位置まで広げて使うことができます。
ブックスライドは数あれど、その中でもどこか格別な威厳が漂うその姿。
「ちょっと見せてもらえますか?」思わずそうお願いしました。
Mr.Nの良いところ(悪いところでもある)は、ひとつの品物についての話が長いところ。このブックスライドについても、多くの話を聞かせてくれました。彼の話とその後の調査とを合わせ、ご説明させていただきます。
まずこのブックスライドの特徴は「セルフクロージングシステム」。ブックスライドの特徴であるスライドする側板は、スライドして引き出すときに若干の抵抗を持ち、手を離すと自動的にもとに戻ろうとします。これにより、本体より多めに本を挟んでおけば、自動的に、自分で、ぎゅっと挟んでおいてくれる・・・という仕組み。初めて見るものだったので、とても驚いてしまいました。
動画をアップしましたのでよろしければご覧ください。
そのメカニズムの肝である金物部分には「BETJEMANN'S/ベッジュマン(ベチェマン、ベッチェマンとも)の」の文字とパテントナンバーが刻まれています。
これはこのブックスライドを製作した工房の名前「George Betjemann & Sons」のもの。
1859年、36番地 Pentonville Road, Londonにおいて、George Betjemannと彼らの二人の息子(George William BetjemannとJohn Betjemamm)が始めた工房です。彼らは宝石箱やブックスライドなどの小さな家具類に、独自の革新的なメカニズム施したものを得意としていました。
主としてメカニズムは「extending(延長)」と「expanding(拡大)」。例えば宝石箱は、収納したときは単なる直方体の箱ですが、開き始めれば次々と小箱が展開し、鏡が出現し、ついにはキャンドルスタンドまで出現する、というもの。
そしてブックスライドは、今回ご紹介するお品物のように、延長しても自分で戻る仕組みを持っているものなどがありました。1878年のパリ万博においては、このセルフクロージングシステムのブックスライドを出品した記録があります。ちなみにGeorge Betjemannは、英国の詩人Sir John Betjemann (1906-1984)の曽祖父にあたります。
そして格調高い姿を生み出す、最高級の仕上げ。
複雑な杢目は「Burr Walnut/バーウォールナット」の化粧張りです。バーウォールナットとは、胡桃の木の根元付近にできた大きな瘤(コブ)をスライスして作った薄い板(ベニア)のことを指します。この薄い板を表面に貼って化粧材として使われました。
ヨーロッパで自生するウォールナットは、古くから英国で家具に使われてきましたが、このバーウォールナット仕上げは19世紀以降、木を薄く切りだす技術の進歩により頻繁に使われるようになりました。オークやマホガニーの杢目とはまた異なる、渦を巻くような独特の杢目は大層好まれ、家具や小物など多くのものが作られました。
このブックスライドのバーウォールナットも、幽玄を感じさせる渦を巻くような杢目を堪能することが出来ます。ポイントで使われている真鍮の金色、そしてベースの材に塗られた黒色と相まって、シックで重厚感あふれる仕上がりとなっています。
最後に、中央に配された真鍮製の銘板をみてみましょう。
手彫りで以下のように刻まれています。
Charles Henry
Manchester
一般的にはこのブックスライドの持ち主であることが推測されますが、正直に申し上げますと英国において「Charles Henry/チャールズ・ヘンリー」は非常によくある名前であり、特定することは出来ません。
ただ、年代的に可能性がある人物を一人、お伝えしておきましょう。
Charles Henry Heathcote/チャールズ・ヘンリー・ヒースコート(1850-1938)。
彼はビクトリアン後期からエドワーディアンにかけて、マンチェスターで最も成功した建築家の一人とされています。1872年にマンチェスターで開業し、同じ年には英国王立建築家協会の準会員に選出。多作で知られ、1899年には107 Piccadilly Manchesterのジャコビアンバロック様式のビルディングを、1913年には53 King Street Manchesterのエドワーディアンバロック様式のビルディングなどを手掛けています。
わずか22歳の若者が建築設計で身を立てるべく開業し、同年に英国王立建築家協会の準会員に選出されるということは、かなり優秀であり、周囲の期待も大きかったことは想像に難くありません。
例えば周囲の後援者が、当時有名なロンドンの「George Betjemann & Sons」に、チャールズ・ヘンリーの名前を刻印したブックスライドをオーダーし贈り物とした。彼が活躍する都市、マンチェスターの名前と共に・・・。
・・・あながち私の推測だけではないような気がしませんか?
ミッドヴィクトリアン、ロンドンとマンチェスター。
どんな人々が何を想い、何を生み出していったのか。
その一端をリアルに感じることが出来る、英国アンティークの逸品を、今貴方にお届けいたします。
◆England
◆George Betjemann & Sons
◆推定製造年代:c.1870年代頃
◆素材:木(バーウォールナット、他)、真鍮、布、他
◆サイズ:最小幅約34cm最大幅約41cm 奥行き約15.3cm 高さ約4~16.5cm
◆重量:891g
◆在庫数:1点のみ
【NOTE】
*古いお品物ですので、一部に小傷や汚れ、変色がみられます。詳細は画像にてご確認ください。
*セルフクロージングシステムは現時点ではスムーズに稼働します。
*画像の備品は付属しません。
*上記ご了承の上、お求めください。
アイテムのご購入はショップにてどうぞ。
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Todd Lowrey Antiques
by d+A